センター試験の数日後に推しメンが卒業を発表して全てが崩壊した話。

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きょうからセンター試験。

いつものようにシナリオ学校のある表参道に行くと、

青学で試験を受けるであろう高校生たちでいっぱい。

不安や、緊張や、自信や、さまざまな感情が顔から見てとれた。

でもどうか、失敗しても悲観しないでほしい。

10代はまだまだ無限の可能性を秘めている。

受験の結果がどうなろうと、

自分の進んだ先でどう行動するかでいくらでも人生は変わる。

大学で、自分の人生を是非見つけてほしい。

 

 

 メンタルの崩壊。

 

 

毎年毎年、センター試験の時期になると必ず思い出すことがある。

センター試験の数日後にメンタルが崩壊し、全く勉強が手につかなくなったことだ。

その理由は、センター試験で失敗したからではない。

私は私立大学志望だったのでセンター試験は試験の練習のつもりで受けた。

『MARCHがひっかかったら精神的に楽だな〜』程度の気持ちで受けた。案の定というか、1つもひっかからなかったが、それが理由でメンタルが崩壊したのではなかった。

 

勉強のストレスがピークを迎え、自暴自棄になったわけでもなかった。

むしろ、モチベーションはどんどん上がっていた。直前の模試で慶應はB判定だったし、『もうすぐで入試が終わる。ラストスパートがんばるぞ!!!くらいの気持ちだった。

 

じゃあ、なぜメンタルが崩壊したのか。

 

当時、私が精神的支柱にしていたアイドルが突如グループ卒業を発表したからだ。

 

 

アイドルの卒業でメンタル崩壊

 

 

私は浪人時代、『SUPER☆GiRLS』というアイドルを応援していた。その中でも、高校三年生の 『秋田恵里』さんという方をいわゆる”推しメン“にしていた。彼女は当時高校三年生で、一般受験をするといって勉強をしていたところが自分と重なった部分が大きかったんだと思う。お笑いが好きでムードメイカーで、そんなところも好きだった。

もちろん握手会も開催されていた。でも受験生だった私は、『第一志望受かったら会いに行くぞ』と思ってイベントへは一度も参加せずにいた。(当たり前か)その分勉強は死ぬほどやった。そのおかげか、模試の成績は着実に良くなっていった。

 

そしてセンター試験当日。

上述の通り、私立大学が第一志望だった私は本当に気楽に受けた。『試験の雰囲気になれるため』と、自分に言い聞かせて、落ちついて受験ができた。結果、MARCHの一つも引っかからなかったわけだが、私は別に落ち込んだりはしなかった。『一般入試の方が確実に受かりやすい』そう確信してたからだ。塾の先生たちからも良く聞かされていたし、10月頃からはMARCHの過去問を演習に使っていて点数も十分にとれていたので。むしろ、ここからが本番だと。受験生もいよいよ佳境、終わりが見えてきた、もうすぐ会える、秋田恵里に会える。そう思うと今まで以上に気合が入った。

 

そんな気合が充分に入ったセンター試験終わりの数日後。

いつものように、家に帰って秋田恵里のブログを確認していると、『大切なお知らせ』との文字が。『なんだろう、受験がいよいよ大詰めに入ってきたから、終わるまでは活動休止でもするのかな』なんて気持ちで、軽い気持ちでそのブログを開いた。

その気持ちは見事に裏切られた。もちろん悪い意味で。『2月5日の日本青年館コンサートをもってSUPER☆GIRLSを卒業し、芸能界を引退します』と、そこには書かれていた。

 

その瞬間、私の中で何かが崩壊する音がた。目からは自然と涙がこぼれていた。


『終わった…』単純にそう思った。こんなんだったら真面目に勉強なんかしない

で会いに行けばよかった、今まで頑張っていたのはなんだったんだ。そんな気持ちでいっぱいだった。でもやっぱり、一番は悲しさだった。もう会えなくなることがただただ哀しかった。

 

そこからはもう勉強が全く手につかなかった。河合塾の直前講習だけはお金を払っていたので受けにいったが、それ以外は全く勉強が頭に入って来なかった。ひたすら過去のブログを読み漁ったり、過去の映像を見て過ごした。もう受験などどうでもよかったのだろう。

 

 

当日。

 

 

そんなこんなで、秋田恵里の卒業コンサート当日、2月5日を迎えた。

奇しくもその日は、私にとっての私立大学入試の始まりの日。明治大学の全学部統一入試の試験日だった。都営新宿線に乗りながら、私は気づいたら号泣していた。ああ、今日が終わればもう一生会えないんだ、なんのためにここまで頑張って来たのだろう、と行き場のない喪失感を抱えていた。

 

そしていよいよ入試が始まった。

ちょうどその頃、日本青年館では卒業コンサートの昼公演が行われている頃だった。

私は気が気じゃなかった。受験なんてしている場合じゃない、卒業コンサートに行かなければならなかったのに、何をしているんだ私は。と頭の中は秋田恵里のことばかり考えていた。

 

しかし、そんな中迎えた世界史の試験中に、私はあることに気づくことになるのだった。

 

 

努力が私を裏切らなかった。

 

 

私は悲しみがピークに達し、試験会場でとうとう静かに号泣してしまった。私に気づいた周りの人はどう思っただろうか。まさかアイドルの卒業が悲しすぎて号泣しているとは誰も思わなかっただろう。『泣くほど解けなかったのかな…』そう思うのが普通だろう。しかし、実際は本当に真逆なのであった。

 

私は世界史がずっと苦手だった。

浪人してようやく覚えるコツをつかんだが、センター試験でようやく8割取れたぐらいだった。『センター8割なんてすごいじゃん』って思う人もいるかも知れないが、早稲田慶應志望の受験生なら、世界史はセンターで満点をとれているくらいでないと厳しいと思っていた。MARCHの過去問演習でも世界史が少し足を引っ張っていた。

あくまで早慶を目指していたので、私はずっとその世界史の点数が心に引っかかっていた。

 

しかしどうだろう、今この目の前で説いている明治大学の世界史。

悲しみにくれて号泣し、集中力散漫になっているはずなのに、回答がスラスラ浮かぶではないか。私は号泣しながらもペンだけはスラスラと動かすことができていた。英語や国語と比べると、世界史は『覚えたもの勝ち』の部分が多い。点数が伸び悩みながらも、毎日コツコツと継続して覚えていった成果が、こんなところで発揮されていたのだ。正直、文脈を頭に入れ、追いながら回答を導かなければならない国語はかなり苦戦した。読んでも読んでも頭に入ってこなかった。読解といえば英語長文も同じだが、中学時代から得意科目であった英語はそこまで問題はなかった。

 

そんなこんなで世界史がスラスラと解けている自分に気づいた私の中には、『めちゃくちゃ勉強した成果が出てる』という不思議さと嬉しさが段々とこみ上げて来た。世界史は覚えていればすぐ回答できる問題ばかりなので、スラスラ解けるなら時間が余裕で余る科目なのだ。20分で解き終わってしまった自分に気づいた時、すでに涙は止まり、悲しみも薄れていた。達成感でいっぱいだった。

 

 

ありがとうアイドル。

 

 

気づけば私は、『ここまでがんばらせてくれた秋田恵里に感謝したい』というポジティブな思いを抱くようになっていた。数分前まで悲しみにくれて号泣していたのにもかかわらずだ。そのポジティブな思いを胸に、明治大学を後にした。

 

家についたとき、アイドル活動を終了した秋田恵里のブログを読んだ。さすがに涙が出たが、すでに清々しい気持ちだった。『私も新たな一歩踏み出さなきゃな』と思っていた。そして残りのラストスパート、私は今までで一番勉強に力を入れることができた。その結果、受けたMARCHは全て合格し、慶應にも合格することができた。早稲田は全部落ちたが、私は何の迷いもなく慶應に入学した。

 

結果的に一度も会うことはできなかったが、私が受験に成功できたのはアイドルのおかげだといっても過言ではないだろう。ありがとう、アイドル。ありがとう、秋田恵里。