ど底辺ADから営業マンへ。やりたいことへの小さな一歩を踏んだ2018年。

f:id:wakita0810:20181230195350j:plain

 

2018年の年の瀬。

今日は昨日に比べたらかなり行動的にすごせた1日だった。

空いてる時間を最大限有効活用する。

今日からそう誓った。

 

 

 2018年4月、ADを退職した。

 

 

2018年もあとわずか。

思い返してみると、一年前の今頃は地獄のADだった。

 

www.teihen-ad.com

 

 

『こんなにか』 

 

っていうくらい本当に環境が良くなった。

 

ADを退職した。

もうこれ以上は無理だと悟った、2月末。

 

退職の意を伝え、思いつく限りの引継ぎ資料を作成し、半ば強引に退職。

 

会社に行かなくなってからも、

代わりのADから仕事に関する連絡がしばらくは絶えなかった。

完全に連絡が来なくなったのは、退職して3ヶ月たったくらいだっただろうか。

 

有給休暇と振替休日(休日出勤分)は、合計40日ほどあった。

3月と4月のほとんど休暇で過ごし、その間は転職活動に精を入れた。

精を入れたと言っても、それでも暇な時間はたくさん出てくる。

自分の人生を改めて見つめ直した、貴重な時間だった。

 

『やっぱり創作はしたい』と思って、

シナリオ学校への入学を決めたのもこの時期だ。

 

この時期には今まであまり会えなかった人にも会った。

 

高校時代の友人。

仕事で忙殺されていた時期のことも知っていたので、喜んでくれた。

 

マスコミ業界に就職した大学時代の友人。

私の新しい門出を祝福してくれた。

彼も将来について悩んでいたというのに。

本当に尊敬できる人。

 

地元の友人。

居酒屋で朝までお話を聞いてくれた。

彼も、なかなかに壮絶な人生を現在進行形で歩んでいるというのに。

 

 

弊社へ入社した。

 

 

AD時代も取材先の方と交渉をしたりお話をしたりするのが好きだったので、

これを少しでも生かせそうな営業職として入社。

考えに考えて、本当に普通の会社に入社。

その時は自分の将来を見据えて、外国語に触れる機会の多い弊社へ。

 

本当に普通の会社。

9時に出社して、18時が定時。

18時を過ぎると、社員たちは続々と退出していく。

 

残業代も5分単位で支給され、賞与も年二回。

お昼休みも1時間、必ずとらなくてはならない。

 

営業職なので、もちろん毎月の目標予算がある。

未達成が続けば評価は下がるが、

課の先輩やマネージャーたちがサポートしてくれる。

 

本当に普通の会社。

8ヶ月働いてみると、車内の悪い部分もたくさん見えてくるけど、

AD時代に比べてみたら、どう考えても普通の弊社。

 

労働時間は驚くほど減って、給料はほとんど変わらなかった。

まあ、骨を埋める気は毛頭ないけれども。

 

 

シナリオ学校に通い始めた。

 

 

プライベートの時間が圧倒的に増えた。 

 

 

『創作活動は続けたい』

 

その思いから、シナリオ学校へ入学した。

 

お笑い以上ではないが

もともと日本のテレビドラマが大好きで、

妄想もたくさんしてきた人生で。

『それらを形にしたい』という思いから。

 

毎週課題が出て、一つ一つ考えるというのは、思っていた以上にきつかった。

 

それでもアイデアが浮かんで、ハイになって原稿に没頭し 、

気がついたら数時間経っていた、なんて時の多幸感が本当に快感で。

それを添削してもらって、褒められて、アドバイスされて。

 

重い腰をあげながら、これからも続けていきたい。

そしてもちろん、世に出したい。

 

 

アイドルやお笑いの現場へ行く頻度が増えた。

 

 

生駒ちゃんの卒業ライブ、夏の神宮球場ライブ、4期生お見立て会。

乃木坂のライブやイベントにいくようになった。

 

深川麻衣卒業コンサート、橋本奈々未卒業コンサート。

涙を飲んで参加しなかった、AD時代とは打って変わって。

 

そして、2018年最高の出会い、眉村ちあきさん。

もうライブ、イベント合わせたら10回は行ったような気がする。

そんなにアイドルに会えた2108年。

 

そして幕張よしもと劇場を中心に、お笑いライブへも足を運ぶ時間が増えた。

 

極め付けは M-1 グランプリ2018 準決勝。

平日の午後、休みをとって参戦。

 

平日の午後に休みを取るなんて、AD時代にはありえない事態。

 

恋人ができた。

 

できてしまった。

 

AD時代に出会い、たまに連絡を取り、会っていた子。

 

楽しくて、いやなことをすべて忘れられて、

地獄のようなAD時代を生き抜くことができた。

 

週末の多くの時間を共に過ごした。

本当にかけがえのない、存在。

 

 

仕事以外の面が本当に充実した。

 

AD時代に比べたら、見違えるほどにプライベートが充実した。

それはきっと、AD時代にやりたいことがほとんどできなかったからだ。

 

その反動で、

 

『とりあえずやりたいな』

 

と思ったことに、手を出さずにはいられなかったのだろう。

 

いろいろ考えてみると、

今となってはAD時代の経験はほんとうにかけがえのない大切な経験だらけ。

ありがとう、AD。 テレビ業界には必ず戻る。

 

 

環境を変えることの大切さ。

 

 

今の社会人生活に不満がある人は、

余暇の時間を使って少しでも、自分のやりたいことをやってみるべきだ。

少しでも興味を持ったことに手を出してみる。

これが本当に大事。

 

思いっきり遊んでみてもよい。

自分の将来のビジネスとしてやっていけそうなものが

どこに眠っているかなんて、わからない。

 

いたずらに時間が過ぎてしまうのが一番もったいない。

 

とは言っても、常にアンテナ張って意識高く生きていたら、

やれることもやれなくなってします。

 

だらだらと過ごす日、そういう日がたまにあっても、もちろん構わない。

 

『だらだらしすぎた、時間を無駄にした』

 

そう思ってしまったのなら、重い腰をあげるべきだ。 

 

でも、

 

『休日は疲れすぎていて、何もやる気が出ない』

 

そういう人がほとんだと思う。

実際私も、AD時代はそうだった。

 

 

それは、仕事を辞めなければ何も改善されない。

 

しばらくゆっくり自分と見つめ直すのもよし、

転職活動をしてみるもよし、

 

気力があるのなら、転職先を決めてから退職しよう。

 

それもきついのであれば、

転職先をリサーチしてある程度の企業、業界、転職の方向性だけでも決めて。

そして退職し、転職活動を一気に進める。

 

 

『余暇を楽しめる余裕もないほどに

 心身ともに疲弊する仕事なんて、

 あなたの人生には一ミリも必要ない。』